ブラウマンの誓い

Be Ambitious! Blawmans.「農家がつくる美瑛」

この看板プロジェクトは、ひとを好きになるということだと思います。
好きになることで好きになってもらう、そんな理想がどこまで調うか、そこが試みであって同時にこの美瑛にのこされた、一縷の希望なのです。

ブラウマンの詩人 小田栄治

時代としあわせが反比例しているいま。

かきわけるようにして新しさを手に入れても、すぐに上書きされる世の中。ひとりでにクルマが走っても、ほしいモノをスマホにいくら託しても、近づくほどしあわせ感は遠のいていきます。

複雑な毎日に身を沈めて、解決のこたえがつぎの原因になっていることにホントはたぶん気づいてる。

「あれ? 田舎のしあわせにはチカラがある。」

ひとにやすらぎを与えるのも、美瑛に生まれた農家の仕事じゃないか。

はじまりです。

逆風も、自分が向きを変えれば順風に。

麦穂の波が、まるで水平をめざすセイルのようでした。

「うん、ちからが湧いてきた。」

10人の農家がある日集まりました。

「メインキャストはわれわれだ。」

美瑛にきて、イマージュや価値観を変える人がいる。

この原風景が、ひとの人生を変えてしまうことだってある。

ココロで生きよう。

ココロのおき場所をつくろう。

原風景をつくる稜線のオペレーター。「ブラウマン」にきっとなる。

ブラウマンの空庭。プロジェクト


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ブラウマン(Blawman)の由来

春が来て農耕がはじまり、冬のあいだ休ませた土を大きく覆す道具を「プラウ(plouph)」と言います。日本語に直訳すると「鋤(すき)」になりますが、もっと大きな道具で、トラクターに引かせて使用します。土をリフレッシュするためにとても大切な工程であり、それだけに古くから農作業の代名詞にもなっていた作業で使用する機械です。明治初期にアメリカから伝来したと言われています。

いまでこそ「プラウ(plouph)」と呼ばれるこの道具ですが、外来語として伝承された呼び名は、土地によってまちまちでした。特に、ここ美瑛では入植3代目、ぼくらのおじいさんの代までは「ぶらお」「ぶらう」といった呼び方で、幼少のころ、ぼくらはそれはてっきり日本語だと思っていたものです。

このたび、明治以来の歴史を尊び、美瑛独特の方言をうけ継ぎたい気持ちと、この世界的な波状丘陵をあみ上げてきた農機具「ぶらう」に想いをよせて、農夫=ブラウマン(Blawman)と呼ぶことにしたのです。